- シザーの正しい消毒・間違った消毒について
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GOOD<正しい消毒方法>
*エタノール消毒液
エタノールは金属を痛めにくいので消毒に向いています。
しかしエタノール消毒液でも濃度が低かったり保湿成分が入っていたりする物を使うと蒸発せずに錆びる可能性があるので、しっかり拭いて下さい。
布またはコットンにエタノールを染み込ませ、シザー全体を入念に拭いて下さい。
*紫外線殺菌
コロナウィルスに対しての効果は不明ですが、コロナに類似するロタや、インフルエンザなどに対しては効果があると言われています。理美容鋏は紫外線で耐食性が向上する場合もあるので向いています。
BAD<間違った消毒方法>
*次亜塩素酸ナトリウム
塩素で錆びるので、絶対に使用しないで下さい。
*煮沸や蒸し器の蒸気
煮沸や蒸し器は、ハサミを分解してからしっかりと水分を拭き取らないと、ネジ部等に残った水分が錆を発生させる可能性があるので、オススメできません。
*また、消毒後は必ず専用のシザーオイルを刃に付けて保管してください。
更に詳しい消毒効果については、下記をご覧ください。
新型コロナウイルス対策に基づいた各種消毒法が理美容鋏に及ぼす影響
全世界的に新型コロナウイルス(COVID-19) が流行している現在、理容室及び美容室に於いて衛生管理の重要性が増している。しかしながら現在、肌に触れない刃物である理美容鋏の滅菌、消毒、クリーニング方法については規定されていない。一方、一般的に普及している滅菌、消毒剤は様々な種類があり、人体、金属、プラスチック、陶器、繊維など使用対象範囲も広い。ところがその殺菌効果については大々的に言及されているが、金属である理美容鋏に損傷を与える可能性については言及されていないことが多い。
そこで、本稿では理美容鋏に適した滅菌消毒方法及びその注意点について紹介する。
理美容師法に規定されている消毒方法
理美容師法によって規定されている消毒方法をTable.1に示す。コロナウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、これらコロナウイルスの消毒薬に対する抵抗性はあまり高くないことが、コロナウイルスの一種であるMERS、SARSなどに対する消毒液の研究から報告されている1)。
Table.1 理美容師法による消毒方法 エタノール 76.9v/v%~81.4v/v%エタノール液(消毒用エタノール)中に10分間以上浸す。又は綿もしくはガーゼで器具表面をふく。 次亜塩素酸ナトリウム 0.01%~0.1%次亜塩素酸ナトリウム液(有効塩素濃度100~1,000ppm)中に10分間以上浸する。 紫外線照射 紫外線消毒器内の紫外線灯より85μw/㎠以上の紫外線を連続して20分間以上照射する。 煮沸消毒器 沸騰してから2分間以上煮沸する。 蒸し器等による蒸気 器内が80℃を超えてから10分間以上湿熱に触れさせる。 逆性石ケン液 0.1%~0.2%逆性石ケン液(塩化ベンザルコニウムまたは塩化ベンゼトニウム)中に10分間以上浸す。 グルコン酸クロルヘキシジン 0.05%グルコン酸クロルヘキシジン液中に10分間以上浸す。 両性界面活性剤 0.1%~0.2%両性界面活性剤液(塩酸アルキルポリアミノエチルグリシンまたは塩酸アルキルジアミノエチルグリシン)中に10分間以上浸す。 これらの報告の中で国立感染症センターによればSARSに対して“塩化ベンザルコニウム、クロルヘキシジン、界面活性剤”において消毒効果を認めながら、効果が十分得られない可能性がある2)としていることから、これらの消毒法については新型コロナ対策にも十分な効果を得られない可能性を考慮して除外する。
煮沸消毒器及び蒸し器等による蒸気
はじめに薬品を使用しない煮沸消毒器及び蒸し器等による蒸気による消毒についてだが、厚生労働省が発行した「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引きについて」3)においは80℃ 10分間の熱水にて処理が効果的とされている。これは上記にある蒸し器での作業に当たる。理美容師法において煮沸消毒では2分間とあるが、十分に安全な消毒効果を得るためにはやはり手引きに基づいて10分程度の時間をかけた方が安全である。しかしながら理美容鋏にこれらの消毒方法を用いた場合は理美容鋏に腐食(錆)を発生させる可能性がある。理美容鋏の多くはステンレス鋼を使用しており、ステンレスは腐食しないと思いがちだが条件によってはまったく腐食しないわけではない。ステンレス鋼は鉄基(Fe)の合金鋼であり各種金属を配合することで表面に不動態被膜生成させ耐腐食性を向上させている合金である。通常、鉄片を水に侵漬すると鉄はイオン化し、そこに水と酸素が働きかけることで酸化反応が起こり腐食する4)。さらに水蒸気等の高温下においてはその温度変化によりステンレス鋼の不動態被膜の破壊が起こり、腐食が促進してしまう。そこで処理後は充分な水分の拭き取りが必要であるが、理美容鋏のネジ部など拭き取りが難しい箇所に水分が侵入した場合、分解を行わなければ拭き取りが難しい。これをそのままにしておくと腐食が発生する結果となる。よってこれらの消毒法は理美容鋏への使用は推奨をしない。
エタノール
消毒用エタノールは人体にも使用可能であり、厚生労働省が発行した「感染症法にも続く消毒・滅菌の手引きについて」にもコロナウイルスの消毒法として提唱されている。消毒用エタノールはエタノールを76.9v/v%~81.4v/v%に希釈したエタノール水溶液である。これはエタノール溶液の揮発性が高く原液で消毒を行うと急速な揮発により消毒対象物への付着時間が短縮され十分な消毒・滅菌が行われない、そこで水溶液にすることで短時間での揮発を防いでいる。エタノールの金属腐性は弱いとされており、ステンレス片及び鉄片を80v/v%エタノールに72時間の浸漬を行っても腐食が認められなかったと報告があり5)、理美容鋏の消毒に適していると考えられる。
理美容師法では「76.9v/v%~81.4v/v%エタノール液(消毒用エタノール)中に10分間以上浸す。」との表記があり、前述したようにエタノールは金属腐食性が弱いとされている為、効果的な消毒法であると考えられる。しかしながら、これはエタノール水溶液が常に規定濃度(76.9v/v%~81.4v/v%)に保たれている前提条件を必要とする。濃度管理を行わずにエタノール消毒液を何度も使用すると、水溶液中のエタノールのみが揮発し濃度低下が起こり、理美容鋏を低濃度エタノール水溶液中に放置する結果となってしまう。この水溶液は揮発性が低く水分と同じように長時間鋏に付着する可能性があるとともに、これも先ほどと同じように拭き取りが難しい箇所に低濃度水溶液が侵入し腐食の原因となる。理美容鋏をエタノール消毒液に浸す場合、十分な濃度管理に注意が必要である。
また、理美容師法に基づきエタノール消毒液で綿またはガーゼで理美容鋏を拭く方法は十分な消毒・滅菌効果が得られ効果的であると考えられる為、推奨をしたい。
一方、エタノールを使用していれば全く問題が起こらないわけではなく、特定の条件下では腐食が発生してしまう可能性がある。例えば、市販されている中にアルコールウエットティッシュや除菌剤の中にはアルコール濃度が低く、また保湿剤が添加されているものがあり、これは長期保存や消毒物への親水性を考慮して製造された結果である。これらを理美容鋏に使用した場合、理美容鋏表面に水分が長時間付着する結果となり、十分な拭き取りを行わないと表面に付着した水分は前述したように酸素とともにマイナスの電荷をもつイオンを発生し腐食を引き起こす可能性がある。市販の商品を使用する際には内容成分に注意が必要である。
次亜塩素酸ナトリウム
次亜塩素酸ナトリウムは抗ウイルス作用の強い消毒薬とされており、エタノールと同じくコロナウイルスの消毒法として提唱されている。上記のTable.1でも「0.01%~0.1%次亜塩素酸ナトリウム液(有効塩素濃度100~1,000ppm)中に10分間以上浸する。」と使用方法が規定されている。しかしながら次亜塩素酸ナトリウムは金属腐食性が強いとされている。5) 実際にエタノール水溶液と次亜塩素酸ナトリウム水溶液を理美容鋏片に吹きかけ、3日後に残留物の有無を経過観察した物をFig.1に示す。
吹きかけた直後は大きな変化は見られないが3日経過した後に観察した試験片には白い粉末が付着している。
Fig. 1 エタノール水溶液と次亜塩素酸ナトリウム水溶液から発生する残留物の比較観察
これは両試験片ともに、水が揮発した結果であり。以下の式で現される。
エタノール水溶液 H+ + C2H5 -O-(+aq)→ C2H5OH(Gas)
次亜塩素酸ナトリウム水溶液 Na+ +ClO- (+aq) → NaClO (Solid)
エタノール水溶液は元素番号の軽い元素で構成されているため、ガスとして揮発する。それに対し、次亜塩素酸ナトリウムは比較的重い元素で構成されている為、固体として残る。 この白い粉末は次亜塩素酸ナトリウム塩である。問題はここに再度水分が吸着した場合高濃度の塩素イオンを発生する。このハロゲンイオンの一種である塩素イオンは金属表面に形成される不動態皮膜と反応し透過する、そして金属を溶解させ孔食腐食を引き起こしてしまう6)。
以上のことから次亜塩素酸ナトリウム水溶液を理美容鋏の消毒に使用することは腐食を引き起こす可能性があるので推奨しない。またそれと同時に塩素系のその他消毒液に関しても同じ現象が起きる可能性がある為注意が必要である。
紫外線照射
紫外線機器による殺菌、不活性化は非常に一般的な手法であり、多くの環境で使われている。また、コロナウイルスの一種であるイヌコロナウイルスが15分間照射にて不活性化すると報告されている7)。そして最近では紫外線短波(UVC)が新型コロナウイルス(Covid-19)を不活性化するなどの成果が次々と報告8)されており、現在注目を浴びている。 実際の殺菌、不活性化の効果については今後の各機関の報告によるが、金属の腐食に及ぼす観点から考えると、ステンレス鋼への紫外線照射は不動態被膜中のCr濃化を促進するとされており、孔食発生を抑制するなど耐食性の向上効果が報告されている9)。よって紫外線照射は理美容鋏損傷を与えない殺菌、消毒方法であり今後の展望に期待する。
さいごに
本稿では新型コロナウイルスが流行している中、理容室及び美容室において衛生管理の重要性が増していると考え、理美容師法にある殺菌消毒法が理美容鋏に及ぼす影響についてまとめてみた。 本稿を参考の上、理美容鋏に適切な殺菌消毒方法を使用していただき、理美容業界の発展の一助としていただければ幸いである。
参考文献
- ・吉田製薬株式会社:「コロナウイルスの消毒感受性について」Y’s letter Vol.4No.20 (2020).
- ・IDSC(感染症情報センター) http://idsc.nih.go.jp/disease/sars/desinfect04a.html
- ・感染症法に基づく消毒・滅菌の手引きについて:健感発1227第1号 (2018)
- ・丹野 和夫:ターボ機械, 24-5 (1996), 257-
- ・白石 正・仲川 義人:環境感染,14-4 (1999) ,275-279.
- ・岡田 達弘:Boshoku Gijutsu,36,(1987)383-392.
- ・モラコット・サクニミット・稲月一高・杉山芳宏・八神健一:Anim., 37 3 (1988), 341-345.
- ・“Scientific evidence of effectiveness of energy-rich UVC irradiation at inactivating Corona SARS-CoV-2 virus” Dr.Hönle AG ,Press Release,May 19 (2020).
- ・藤本 慎司:Zairyo-to-Kankyo, 51 (2002),453-457.